初めて館長を知ったのは確か87年だったかなぁ〜
梶原一騎が亡くなってその追悼興行
「格闘技の祭典」
の中で行われたリアルカラテトーナメントと称して当時はまだ無名だった正道会館の佐竹選手、白蓮会館の館長などそうそうたるカラテ家の中のひとりとして参戦。
誠心会館館長として次の年には対プロレスとして大仁田厚を相手に堂々と戦い、当時の日本の格闘技ファンの永遠のテーマでもあったカラテか?プロレスか?どっちが強いを自ら体を張ってみせてくれた、
何年かして知り合いのプロレスラーU.M.A選手がフリーから誠心会館所属レスラーになり、当日大阪で繰り広げられていた栗栖道場との抗争を観に何度となく大阪まで行った。
まだまだ雲の上の存在だった。
そんな館長とは今池プロレスの会場で再会、
ゲスト選手として参戦していただき、ガスホールの控え室でご挨拶させていただいた。
以来、同じカラテ家として、ハーレー乗りとして、また自分もプロレスラーの端くれとして館長は優しく接してくださいました。
館長が豊田で町おこしのプロレス団体を立ち上げる時、素顔でヒールとして参加しないか?とお誘いもしてくださいました。
何もなくてもいきなり
「館長ですよ、元気ですか?」
と気さくにメールもくださいました。
館長のメール、いつも「館長ですよ」から始まるんです(笑)
先日開催された愛プロで久しぶりにお顔を拝見できるかと楽しみにしていましたが、直前になりケガのため欠場の発表、
しかしこんな大事になっていたとは…
大それた夢ではありますが、いつか館長と拳を交えてみたいと思っていました。
本当に残念でなりません、
館長、ありがとうございました、お疲れ様でした。
押忍
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6162043
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